東北被災地 再訪

 7月19日から23日にかけて被災の申告のあった129名分名、福島の伊達市を皮切りに岩手の宮古市まで計16箇所に震災チャリティ競売で集まった世界中の善意である1回目572万のお金を被災地に届けに行ってきました。2回目は来月福島県避難先であるいわき他在住の元浜連合会の申告者(福島の原発から10Km圏内にて会員全員が避難を余儀なくされている)に残りのお金を届ける予定です。 

 

 

 

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    宮城県岩沼連合会 木村孝男さん/職場である岩沼市役所食堂にて

 

 

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     すぐにレースはできないけど、やはり鳩が好きなので作出して、

 

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            すでに舎外もはじめています。

 

 

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       佐藤石治さん、二瓶保雄さん(宮城東部連合会)
      /佐藤さん在住の宮城県若林区の仮設住宅にて

 

 

  店長である二瓶美恵子さんが津波に襲われ亡くなったのと同時に廃業となってしまった「アイユー鳩飼料店のかわりに、鳩仲間の憩いの場となるお店を新たに開きたい」と語る佐藤さん。(左)と、「これから種鳩を入れて委託鳩舎に預けたい」と語る二瓶さん(右)、「レースを続けることが鳩が好きだったかあちゃんへの供養になる。」 鳩レースをやりたくてもやめざるを得ない人も多い中、希望の光を見ました。

 

 

 

      
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                    仮設住宅、当然広くないが良く出来ている感じでした。

 

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   早速レースの準備をはじめた不屈の男、佐藤さん

 

 

 佐藤さん二瓶さんと同様に前回の訪問にてご紹介した石森さん(下の写真右)ですが、自宅の大家さんに退去要請された後、七北田川の河川敷に2日間の超スピードで鳩舎を建ててしまいました。写真に写っている人は2人も鳩仲間です。
 なんと更に今の鳩舎のとなりに委託鳩舎を作る構想を語ってくれました。

 この場所は住宅事情で鳩を飼えない人が集まって個々に鳩舎を作りレースを楽しんでいる所で、朝の舎外は全部で合計1,000羽ほどになるとのことです。
  

 

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    宮城東部連合会石森さん(右)と鳩友(彼も被災者)
 

 

 

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 クリックすると拡大します。

 

 

 

 

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      相変わらず横たわる巨大漁船/気仙沼にて

 

 

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       震災以降使用されていない線路

 

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        気仙沼から陸前高田へ向かう途中にて

 

 

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        うずたかく積まれた瓦礫の山/陸前高田

 

 

 

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       宮城北部連盟 濱田浩司連盟長/大船渡 噛洋にて

 

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     待ちにまった急速冷凍設備は納品されたばかり。

 

 


  

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   会社のリスタートに向けて社員総出で汗を流しています。

 

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   海は目前ですがいまさらこの場所を離れることはできない。

 

宮城北部連盟の浜田連盟長(ニュー三陸連合会)の経営する噛洋(イカリングやイカそうめん等の水産加工会社)の本社を訪ねました。
 目前に迫った海からの津波が事務所であった2階まで押しよせ、1階の工場設備、2階のパソコン等の備品はすべて使用不可になったが建物の骨組みが無事だったので再建することに決めたそうです。「これからリスタートです。」と。

 新たに政府系金融機関からの借り入れも決まり、あと1週間程度で会社を再開させたいと奮闘させているまさに最中でした。自宅も700万かけて建てたばかりの新鳩舎もすっかり流されていまいましたが、泰然自若とした表情でまたあっさり「また鳩レースやりたい。」とおっしゃっていました。

 

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      震災直後の噛洋建物

 

 

 

 

 

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          大船渡魚市場の近く

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  宮古連合会会長の大久保正樹さん(左)と三陸連合会の西田満さん(右)

 

  今回訪問した中で最北の土地、岩手県宮古市にて。写真右の西田さんは自宅は流されたが、斜面に建っていたため鳩舎は無事だったとのこと。奥さんの実家にから数10キロの距離をかけての給餌に不便を強いられている。驚いたのは西田さんは昭和47年生まれの現在39歳で連合会のメンバーの平均年齢は40代とのこと。「ただ参加するだけのレースはやりたくない。やるからには勝ちたい。」との言葉が負けん気の強さが伝わってきて、別れた後も鮮烈な印象の残る人でした。

 

                                   島村

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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