ベルギー短信G(7月6日〜15日)

 

 7月6日水曜日 ある方から引き合いがあり、今バルセロナでは、ヨーロッパ最強の鳩舎、イェレ・イェレマ氏の今年のバルセロナ3番手の鳩のトレード交渉を行っていたのですが、見事に断られました。
 7万ユーロ(今の円高でも800万円)が最低価格で、それ以下なら売らない。次のペルピニャンに参加するというのです。
 その気持ちは分かります。彼はレースマンですから、優秀な選手鳩を次のレースにつぎ込みたい。
また彼のバルセロナ1番手、2番手は雌ですから3番手の雄は、作出の上でも貴重なのでしょう。
 しかし仮にもバルセロナINレースで、30位台の鳩が800万円とは、もちろん過去にも例がないでしょうし、ただただ呆れてしまいます。
 ちなみに彼のバルセロナ2番手のエヴィは、雌でN総合10位、国際でも総合で22位前後の筈ですが、弊社の代表種鳩で、元アルヤン・ビーンズ鳩舎の最高種鳩であったミスター・ビューティフルの孫です。もしミスター・ビューティフルが、イェレマ鳩舎の種鳩になっていたら、一体直仔は幾らになるのでしょうか。
 多少、宣伝になって恐縮ですが、今年のサンバンサンN最高分速総合優勝鳩、フランク・ツヴィール鳩舎のル・ベルナールもミスター・ビューティフルと同じレイモンド・モーレフェルドのブリーブの孫でした。我々が自舎種鳩として導入した鳩の筋が、その後も次々と活躍してくれるのは、本当に嬉しいものです。

 ヨーロッパの鳩レースも折り返し点に差し掛かりました。今年の前半は、ド・ダィフ紙の1面を見ても毎週「夏はどこに行ってしまったのか」とか「天気は病んでいる」といった見出しばかりが踊っていました。大きな雹が降って、屋根が穴だらけになった人々も出ました。しかし一応、ベネルクス3国には今のところテロもなく、鳩レースが出来ているだけ良しとしなければならないでしょう。そしてベルジアン・マスターは、一体スケジュール通りに出来るのでしょうか。
 残り40日で、訓練6回、エース鳩選抜予備レース4回、最終レース1回の11回が全て残っているのです。

 


 

 

 7月15日金曜日 日本からお客様が見えていたので、暫く「ヨーロッパ短信」は、休んでおりましたが、久々に書きます。
 今日は、マルセイユ国際レースが朝放鳩されたのですが、仕事の関係で、ナチュラル社の作出ステーション、ナチュラル社、ブリコン社と周り、時間的に余裕があったので、久々にデズメット=マタイスに会ってきました。
 彼が大病を患って以来元気がなく、レース成績もいま一なので、元気付けたかったのですが、その途中、高速道路のゲントブリュッゲというところで、大型トラック同士の大事故による大渋滞に遭遇し、他の多くの車同様イライラしながら、何時間もかけてやっと事故現場から抜け出ました。
 その2台の大型トラックは、反対車線上で、約100メートルも離れていたのですが、1台は、センターラインに乗り上げ、横倒しで完全に道路を塞ぎ、離れたもう1台と共に黒焦げの状態です。
 当然、周辺はパトカー、救急車、消防車が何台も並び、反対車線の方は、完全に通行止めになっていました。
 その渋滞の中、ふと考えることがありました。それは「同じレースの場合、やはり距離の短い鳩舎は、本当に有利で、遠い距離の鳩舎が不利なのだろうか?」という疑問です。
 これは近い鳩舎が有利に決まっている。それは自明の理だ。当たり前じゃないか。だからこそオランダでは、大抵のレースで、近場だけ当日帰らないように、放鳩時間を遅くしたり、第1から第4セクターまで地域分けしているんじゃないか。
 鳩は、放鳩された時点では皆元気だ。そして500Kも飛べば鳩も疲れる。そこで帰舎出来る鳩は良いけれど、そこからまだ200K飛ばなくてはいけない鳩は、疲れきった状態で、残りの200Kを飛ぶんだぞ。おっしゃる事、つくづくご尤もと思います。
 でも、でもしかし。ここ最近のオランダ国内の傾向はどうしてなんだろう。と首を傾げたくなるのが、オランダ鳩界の現実である。

 オランダの長距離レースでは、かつて南オランダ県のスタッフ・デュッサルダインに始まり、1970年代は、同地区のスティーンベルゲン、或いはオランダ南東部に強豪鳩舎が集中した。ファンデウェーゲン、ファンヴァンローイ、コ・ニッピウス、H.スウェルセン、H.スメーツ、カイパー兄弟、ヤン・テーレン、ヴィム・ファンレーウヴェン、マライン・ファンヘール、フローインドェイ、それらに続くピート・ラーズローム、ヨス・ロックス、デーゲンス、ポイスマン、ブラークハィス、皆同じオランダ南部である。違いは東か西かでしかない。つまりは北には誰もいなかったのである。

 1980年代にバルセロナで世界に君臨したのは、ペーター・ファンデンアインデンであったが、やはりオランダ中南部である。同じころにヴァイナンツ父子やライ・クルヴェルスがいるが、いずれもオランダ南部である。
 ところが1990年代以降、徐々にその強豪鳩舎の分布が、北に移り始めたのである。ブリュッヘマン兄弟、フェルテルマン父子、ファンゼルデルン兄弟、ニコ・フォルケンス、サム・デヨング。更にコープマン鳩舎のミス・ヴァールレやミス・マニワン。
 そして近年のアルヤン・ビーンズ、イェレ・イェレマや、昨年バルセロナ1300Kで優勝し、今年もポー国際レースで総合優勝した、キース・ドローグ、それにフェルヴェイ=ドハーン。
 さらに強豪ではないかも知れないが、今年の全オランダ参加のシャトローNレースで、44,000羽中最高分速総合優勝を飾ったのは、なんとオランダ最北端、フリースランド県の鳩舎であった。
 そして今やオランダ南部での長距離強豪鳩舎といえば、コール・デハイデ、それに今年サンバンサンとダックスで総合優勝したフランク・ツヴィールスくらいしか思い浮かばない。
 かつてはこんなことはあり得なかったのである。
 これらのことは、どう説明がつくのであろうか。これらの傾向は、ヨーロッパの鳩界ジャーナリスト泣かせでもある。何故なら国際レースで、最終決着がつくのが、翌日にならないと確定できないからである。
「それは簡単な事だ。放鳩地のフランスでは逆風。ベルギーでも逆風。それがオランダへ来てから追い風になったのさ」
 友人のヤン・ヘルマンスは、こともなげに言う。しかしそれはおかしい。確かに個々のレース展開を見れば、そういったレースもあるだろう。
 しかしそれなら昔と今は変わらない筈である。なんでかなあ、なんであろう。考えているうちに車が走り出した。どこかに答えはある筈である。

 


 

 

 

 

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